私どもケーズエンジニアリングでは、トヨタ生産方式の考え方による改善コンサルティングを通じ、数多くの改善リーダーを育成するサポート活動をさせて頂いております。

改善エッセイ

第63話 賢者の盲点を衝く(2)

2014年12月23日

・ストーリーとは何か

ストーリーとしての競争戦略とは

 “勝負を決定的に左右するのは流れ動きである”

という思考様式である。(P21)

 全くその通りである。データを大量に採集してデータ分析した結果、

“他の条件が一定であればY=AX+Bが成立する”

と言う法則を発見したとしても、自然科学ではあるいは成立するかもしれない

“他の条件一定”(私は難しいと思うが)は社会科学ではどれだけ成立するか

私はTHOMAS PIKETTY(『CAPITAL in the21st』)の様に200~300年の

データの分析を行わないと信頼性は低いのではないかと考えている。

 ましてやSWOT分析はコンサルタントがそのクライアントを知る為の入り口の手順に

過ぎない。

 

・一番大切なこと(P497)

この本で私が一番好きだったのは

“戦略ストーリーで一番大切なのは論理よりも抜き差しならない切実さがある”

“面白さ”は自分がのめり込める。しかし、面白さだけでは長続きしない様に思う

という著者の考えには全く同感である。

それは「自分以外の誰かの為になる」という想いである、と著者は言う。

 

 この章を読みながら、私がトヨタを離れてから私が働いていた工場に三度ほど大野さん

が来てくれて話しをしてくれたことを思い出した。

“トヨタ方式を世に伝えることが一番大切なことだ”と繰り返し、繰り返し私に話された。

大野さんは“トヨタ方式の思想を世に広めていくこと、そしてそれが社会の為に必ず

役に立つ”と確信されていた。

また“なぜトヨタ方式を考え出したか”についても、

アメリカのフォードに長期出張された時、

“このままではトヨタのモノ造りはGM、フォードに負ける。

(単品大量生産方式はGM、フォードが先行している)

日本の市場に合ったやり方を早く見つけたい”と切実な想いを持たれた様である。

 トライアルエラーの結果“必要なモノを”“必要なトキに”“必要な数だけ”造り、運ぶ

 という考え方が生まれ、それに対応する手法として“カンバン”が生まれた。

  私が1971年に大野さんに弟子入りして(本当は無理やり入れられて)最初に

やらされたのは、関東自動車工業(現トヨタ東日本)東富士工場のプレス工場のカンバン

造りであった。

大野さんも鈴村さんもトヨタ関係会社にトヨタ方式を広めようという意識が強烈で、しつ

こく、何度もダメ押しされた。

 

・戦略ストーリーの「骨法10ヶ条」

 “骨法”とは戦略ストーリーを作ろうという人々にとって有用な基本理論である。

(P428)

骨法はパターンではない千古不易のものである。

まず骨法10ヶ条を提示する。

骨法その1.  エンディングから考える

骨法その2. 「普通の人々」の本性を直視する

骨法その3.  悲観主義で論理を詰める

骨法その4.  物事が起こる順序に拘る

骨法その5.  過去から未来を構想する

骨法その6.  失敗を避けようとしない

骨法その7. 「賢者の盲点」を衝く

骨法その8.  競合他社に対してオープンに構える

骨法その9.  抽象化で本質を掴む

骨法その10.思わず話したくなる話をする

 

詳しくはP429~P496を読まれると良いがその中で私にとって面白い所を

紹介したい。

骨法その2(P437,438)で、「人間の本性はそう簡単には変わりません。

表層的な現象に捕らわれると骨太のコンセプトは生み出し難くなります」

「“業界ナンバーワン”とか“世界最高水準”と言ったベタベタの肯定的価値を

含んだ言葉を使うとその時点で思考停止に陥りがち・・・」

「最高のコンセプトとは、言われたら確実にそそられるけれども、言われるまでは誰も

気が付いていない」  (正にその通り)

  骨法その7 「賢者の盲点」を衝くでは、前回(第62話)既に述べたが、

特にP472では、

「トヨタの“自働化”や“カイゼン”は“現場を離れた人にとっては本当に重要な問題は

発見できないのではないか”」という従来のモノ造りの常識に対する疑問から

始まっていると言う著者の考え方には全く肯定するものである。

 

 1970年代の始め私が食品工場のトップとして米国に居た頃、あるアメリカ人から質問されたことがある。

「日本では1000トンプレス機の型の段取替えを僅か数分で行うと聞いたが本当か?」

「その通り」と答えると、

「アメリカではプレス機などは専用機だった。従って新車の度にプレス機を購入してい

たが種類が多くなって困っている。」

 と言う話をした。

 確かにロボットの導入期の頃は例えばスポット溶接の専用機だった。

最近ではロボットも多能機化していると言われる。

  そのためには段取替えなどの準備作業の短縮が要求されることになる。

トヨタ方式の本質が「時間」ではないかと言われて久しい。

段取替え短縮、リードタイム短縮などはその具体例であるが、

骨法その9の“抽象化して本質を掴む”は確かにその1つである。

 

 全体最適とは、短期ではなく5~10年の期間に於いてその企業又はグループの最適

 を図ることであり、それは「全体として合理」性が基本にならなければならない。

 「全体としての合理」を追求していくと、個々の合理性とのコンフリクトが生まれ、

 個々は非合理になる場合が多い。

 全体も良いが個々も全て良しとは宗教の世界なのかもしれない。

 

(近藤 哲夫)

第62話 賢者の盲点を衝く(1) -全体最適とは具体的に何を指すか-

2014年12月09日

全体最適の為の改善 -いわゆる全体改善- の話をしても大半の方々は

「話は解かるがどうも・・・」とか、

全体のムダ発見の為の手法の1つとしてのフローチャートにしても

 「コンピューター導入時に既に行っているので・・・」といった、

言わば「何がどの様に異なるのか?」がピンと来ない態度、質問が少なからずあった。

 例えば、「あるべき姿」についても韓国企業での質問にあった様に

「コンピューターチャートの“To Be”とどう違うのか?」といたこともそうであった。

 この場合、「多くの場合、コンピューターチャートの“To Be”はシステムエンジニアによる

システム導入の目的であり、そこには企業として目標は少ないのではないか。

“あるべき姿” は企業の発展のためにそこの部門の長(課長、部長、本部長)が画く姿である」と、

解かった様な、解からない様な話しをした。

 どの様に説明したら納得してもらえるか。

これがこの数カ月の私の悩みの1つであった。

 

 この秋、本屋に立ち寄り、日ごろはあまり触らない経営学の一冊が目に入った。

“ストーリーとしての競争戦略”(楠木建著 東洋経済新報社)である。

何気なく開いたページ(P323)には下図があった。

  

図1     

                                                                             全体

                                                     非合理                                 合理

                   合理               合理的な愚か者                    普通の賢者

 部分

                 非合理              ただの愚か者                     賢者の盲点  (キラーパス)

 

 読み始めると面白くなり、ついつい500ページを読み切ってしまった。

経営学のテキストはあまり面白くないので、いつも途中でやめてしまう。

 昔セオリーX、セオリーY、セオリーZ(日本教)がブームになったとき、(1970年代)

私はアメリカ帰りでもあり、「企業はそんなに割り切れるものではない」と言ったために

友人から総スカンをくったことがある。

例えば堺屋太一氏は小説家としてはスバラしく、彼の著作は殆ど読んでいるが、経済評論家としては・・・。

 

 ところがこの本には、ハロルド・ジェニーン(元ITTのCEO)の著作に触れて、

“セオリーX、セオリーY(ダグラス・マクレガー)が厳密に経営に使われている会社は1つもない

軍隊でさえセオリーXに従って行われていない。”ことに触れている。

ダグラス・マクレガーはアメリカでも経営学者の泰斗である。

 同じ学者(楠木先生は一橋大教授)でもよく言ったものだと、と感じた。

 

 さて図1で、私が全く同感だったのは、

「部分で非合理であっても全体は強力な合理性を持つ」

いわゆる“賢者の盲点”と著者が呼んでいる部分-第四象限-である。

 戦略全体の合理性は部分の合理性の合計ではない(P322)は全く同感である。

しかし、これまで私が関わった多くの戦略の計画は、部分合理性の単純合計で全く面白みが無かった。

正に図1の“普通の賢者”-第三象限-である。

 

 “在庫は1個が適正である”と叫んだ、当時のトヨタの鈴村さんの言葉は

1970年の始め頃の私にとって全く“全体最適”を表現する言葉であった。

(もっとも“在庫0はもっと良い”と言う鈴村さんの言葉には抵抗を感じたが・・・)

 コンサルタントを業として既に15年以上が経過したが、

つくづく感じるのは、“トヨタ方式はマネが出来ない”ということである。

 それは第四象限の部分非合理にあるのではないかと思う。

“在庫1個が適正”と考えること自体が一般のビジネスマンは“オカシイヨ、

常識ではナイヨ!”と考え、何も行動しないのではナイカ、が私の思いである。

 一般の新聞、雑誌は第三象限の行動がベストプラクティスとして報道されている。

“部分最適”であるため、多くの人々にとって理解され、マネされ、やがては忘れられていく。

 トヨタ方式は“部分非合理”であるため、マネし難い。

 

しかし、トヨタ方式でも“手法としての部分最適”のものはマネし易い。

例えば、日本に来ている外国企業が使用している、外注先の“カンバン”方式である。

 トヨタの“カンバン”は“月度平準化”という考え方に基づいて実施されている。

従って、月度のカンバン枚数は月によっては変化しても、月内で変化する事はない。

(即ち平準化している)

 現在、数多くの日本の中小企業が悩んでいるのは外国企業による

月内の変化が多過ぎるということである。

トヨタの平準化の考え方のベースは“トヨタも協力工場も共に共存共栄で行く”

という思想がある。

ところが外国企業は“自分だけ良ければ良い”という利己主義になっているのではないか?

“お互いの助け合うという心”こそ大切ではないかと思う。

 手法の基となる思想を十分に理解して使用しないと、全く独りよがりになり、

やがてはその手法自体消えていく。

そう言った意味でカンバン方式はまさに正念場と言える。

 

(近藤 哲夫)

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