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改善エッセイ

第116話 サピエンス (6)

2017年3月14日

1.拡大するパイという資本主義のマジック

 

    近代経済を一言で語るとすればそれは“成長”という一語であると言う。

    歴史の大半を通じて、経済の規模は一人当たりほぼ同じであった。

    確かに世界全体の生産量は増加した。

    それは、その大部分は人口増加と新しい土地の開拓によるもので、

    一人当たりの生産量は殆ど変化しなかった。

    所が、これが近代になると大きく変化する。

    紀元1500年頃の世界の財とサービスはほぼ2500億ドルと見られている。

    それが今日は6兆ドル当りと見積もられている。

    約240倍の大きさである。

    人口はそんなに増加していない(せいぜい数10倍)ので、その差は“成長”

    のよって成し遂げられたと考えられる。

    一人当たり生産量は1500年で550ドルに対し、2000年は8800ドル、

    約18倍が“成長”の賜物である。

    その“成長”を支えたのは個々の取引の信頼である。

    即ち未来への信頼に対する投資、これを“信用”CREDITと呼んだ。

    未だ実現しない未来に対し、例えば新工場建設の融資をすることは

    正に信用がないと出来ない。

    この信用によって生産量は10倍以上に増加した。

    なぜ近代以前にこの信用供与が行われなかったか?

 

    信用供与は昔からあった。

    しかし近代以前の人々は未来を信じなかったのである。

    多くの宗教は「未来は今より更に悪くなる、悪くならない為に

    この宗教を信じなさい。」と布教していたのである。

    仏教でも“未来は末法の世界であり、これを救う為に弥勒菩薩が現れる”

    といった未来論を出している。

    未来は現在より悪くなるという考え方は必然的に高金利、短期、少額と

    いった信用給与になる。

    未来は夢がある、明るいとなるのは近世以降である。

    現代は信用が更に信用を生み、それによって経済全体のパイが拡大していった。

    世界経済は決してZERO SUMの世界ではなかった。

    これを“進歩”と呼んだ。

    *ZERO SUM ;パイの大きさが決まっていて、1人が多く取ると

                    他は取れなくなる。短期でみるとZERO SUMの

                    現象が頻発する。

 

    1-(1)経営資本家は大いに稼いで、稼いだお金を再投資しなさい

              (A.スミス)

    1776年アダム・スミスは国富論を出版した。

    上記の言葉はこの本に出てくる。

    それ以前の考え方は、従業員を使って得た利益を独り占めするのは

    利己主義で余り良く言われなかった。 

    ところが得た利益を機械購入や新規従業員の採用などで資本が循環する。

    この循環は即ち信用の循環でもあり、そのスピードが早ければ早いほど

    経済のパイは早く大きくなる。

    即ち自分の利益の為の行動は利己主義ではなく利他主義である。

    経営者はより多く儲けて、より多く再生産の為の投資を行いなさいと。

    この本は現在の世界の大学の経済学部ではいわば入門書として熟読されている。

    しかし近世前期は利己主義即利他主義の考えは無かった。

    その頃の横行は、儲けたら城を造ったり、夜会の繰り返しを行っていた。

    少しも再生産に役立たなかった。

   

    まとめ

    ◎生産利益は生産増加のために再投資しなければならない。

    これはまた資本主義の第一原則である。

    それ故に経済成長は至高の善である。

    しかし経済成長が永遠に続くと思う?

    資本主義者は永久に続くという信念を持っている。

    持っていなければやっていけネーヨ。

 

   1-(2)スペイン、そしてオランダ、イギリス

   スペインがアラゴンとカテリーナを一緒にして王国を造ったのは

   1479年である。

   (アラゴン王フェルナンドとカテリーナ女王イサベルの結婚による)

   クリストファ コロンブスが西に向かってインド、中国に早く着く為の

   艦隊の資金を援助してもらうための提案を、ポルトガル、イングランド

   イタリヤ、フランスに提出したが、リスクが高いとして全て断られた。

   最後に新興国だったスペイン女王イサベルを頼った。

   結果はアメリカ大陸の殆ど(除くブラジル)がスペイン王のものとなった。

  (1479年)

   多くの金銀鉱山の開発、タバコ、サトウキビのプレンティションの建設により、

   思いもよらない富を得て、スペインはヨーロッパの大国となった。

   16世紀には、スペインは無敵艦隊を持った世界大国となった。

   オランダはスペインの属国であった。

   オランダはプロテスタント、スペインはカトリックであり、

   1568年独立戦争を始めた。(1581年オランダ独立)

   オランダの勝利の原因は”信用”であった。

   兵隊は陸、海軍共傭兵部隊で、それでスペインと戦わせた。

   傭兵と艦隊の資金は全て信用で外部より調達した。

   オランダ人は貸付に対する期限内返済を厳守し、貸し手を安心させた。

   次にオランダは自国の司法制度を改善し、独立の享受と私有財産の権利を保護した。

   それに反してスペイン帝国は返済の約束を守らなかったりした。

   資本は当然のことながらスペインから流出し、戦争の負担に耐えられなくなった。

   1568年無敵艦隊はイギリス海軍に撃破され、スペイン帝国は海上覇権より脱落した。

   海上はイギリスとオランダの両国の覇権となった。

   スペインは“信用”されなかったのである。

 

   投資家の利益の為に行われた戦争は、まずは、1821年のギリシヤ人の

   オスマントルコに対する反乱(独立)において、ギリシヤ独立債を

   ロンドン証券取引所で戦費獲得の為に発行してはどうかとギリシヤの

   将軍たちに持ちかけたことから始まる。

   しかし戦がトルコ側に有利に成ると、証券は紙くずになる。

   イギリスは証券者保護の名目でトルコ海軍に戦を挑んだ。

   1827年ナバリアノ海戦である。

   ギリシヤは遂に独立を勝ち得た。

   しかし償還できないほどの巨額の債務が付いてきた。

   その後何十年とギリシヤ経済はイギリスの債権者に担保を取られた。

   バイロンのロマン主義も資本主義の下では色あせる。

   1840年イギリスは”自由貿易”という大義名分のもとで、清国に宣戦布告した。

   結果は既に承知の通り、イギリスは重砲、ロケット弾、速射砲等の新兵器、

   相手は旧式小銃では話にならない。

   香港は1997年までイギリス領であった。

   19世紀の後期清国の人口の約10%(≒4000万人)がアヘン中毒であったと言う。

  

   日本も“自由貿易”の名のもとでアメリカのペリーによって占領されそうになった。

   日本の幕末の人々の勇気に敬意を表したい。

 

   ◎政治的な偏見が一切ない市場などどう考えてもあり得ない。

     不正行為に対する制裁を法制化し、それを実行する組織を作る。

     それが政治の仕事である。

 

   2.資本主義の地獄

   A.スミスは儲けたお金で更に生産を拡大しなさい、

   設備投資や人員の雇用を増やしなさい、

   そうすれば社会全体の景気は更に拡大すると教えた。

   所が強欲な経営者の中には残業を増やし、残業代を支払わなかったり、

   賃上げをしない人も出てくる。

   また市場を独占したり、仲間と組んで商品価格を引き上げたり、

   従業員のストライキに対し色々な暴力行為を行ったりした。

   中世ヨーロッパでは奴隷制度はなかった。

   ところが近世前期司法主義がヨーロッパに台頭すると、

  大西洋奴隷貿易が盛んになった。

  16世紀から19世紀の役1000万人のアフリカ人が南北アメリカに

  連れて来られた。

  その内70%はサトウのプランテイションで働かされた。

  サトウはヨーロッパで高価で、イギリスではサトウの消費量は

  17世紀はほぼ0であったが、19世紀の始めには1人当たりの

  消費量は約8㎏に増えた。

  ココア、コーヒー、紅茶、ケーキがその中心で、そのために過酷な

  労働を強いられた大勢の奴隷が存在していたのである。

  一般に自分の楽しみのためには、他人の苦しみは以外と省みないものだ。

  18世紀の奴隷貿易の投資利回りは平均6%であったと言う。

  商売としては良い利率だ。

  しかしこれは自由資本主義の重大な欠点の1つである。

  何もしても良いという自由(新自由主義と言う様だ)は自由よりも大切なモノ

  -例えば人間の生命、尊厳など-は自由市場でも売買すべきでない。

  また奴隷を買い入れたプランテイションの主人は遠くヨーロッパに居て、

  奴隷が苦しんでいるとは少しも思わなかったに違いない。

  丁度多くのアメリカ人がヒロシマ原爆ドームを見て、古代のピラミッドを眺める

  様な感じの様に・・・。

  資本主義はこのまま続けられるか?

  社会主義の実験は80年を経て失敗した。

  後は・・・?

  確かに1914年と現在の2014年を比べると人口は急増にも関わらず、(約7倍)

  生活水準は格段に改善されている。

  しかしパイの増加には原材料とエネルギーが必要だ。

  これらを使い果たした時一体何が起こるか?

  大いなる発明か、またはCHAOSか?

 

 

(近藤哲夫)

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